発端
これです。
現在の各分野の満足度についてプロットしてみましょう、というもの。
Career(仕事)、Money(お金)、Health(健康)、Friend&Family(友人、家族)、Sig.Other/Romance(重要な他者との関係、主に配偶者との関係という意味らしい)、Personal Growth(個人的な成長)、Fun&Recreation(余暇の充実度)、Physical Environment(物理的環境、住んでる場所等)の各項目について、10点満点で自己評価します。
その後、その結果を小グループでシェアして英会話のお時間。
ちなみに、ボクの。
今回はこれについてはつぶやきませんので、ご想像にお任せします。
周りと比べると、凹凸&低得点が気になるグラフでありました、5点以下ってつけちゃいけないルール⁈
ネガティブが comfortable 心地よい人もいる?
当然ボクのプロットに対して、ネガティブだなーという突っ込みは自他ともにありました、はい。
そして、ティーチャーの突っ込みも秀逸。
ネガティブがcomfortableって人もいるけど、どう?
おそらく多くの自称ネガティブな人が、こんな自分は嫌だ、というのではなかろうかと。
その中で、ポジティブに変わろうとしている人、どのくらいいますか。
ネガティブな自分は好きじゃないけど、ポジティブに変わるパワーと天秤にかけた時に、ネガティブにとどまることを選んでいる、という説もアリ。
これは現状心地よいと受け取られても仕方ないのかもしれません。
ボクはそーゆー自分が大嫌いだけど。
そもそも、ネガティブとは?
コップの中に半分の水がある時に
ポジティブ:まだ半分もある、と考える。
ネガティブ:もう半分しかない、と考える。
というネタを聞いたことある人も多いでしょう。
事実はひとつ、解釈はふたつ、というポジティブシンキングのすすめ。
これに違和感を覚える人も多いはずで
一旦がっつり凹んでから浮きましょう、という陽転思考といった考え方や
ネガティブを否定せず受け入れましょうといった考え方も見るようになりました。
ネガティブは悪なのか?
かつて宇宙飛行士の毛利衛さんが、
シャトルに乗るクルーはポジティブな人が多いけど、地上チームは常に最悪の事態ばかりを思いつくネガティブな人が多い。
これは向き不向きの問題で、いい悪いではない。
という趣旨のことをおっしゃっていたと記憶しています(出典が不明で申し訳ない)。
ダーウィンの進化論から言えば、ネガティブが生存不適応なら淘汰されるはずで、生き残っているのならば意味があると考えるのが自然かもしれません。
悪い事態を避けるために事前にあらゆる準備をしておくこと自体は悪いことではないはず。
先のコップの水の例でいえば、
もう半分しか水がない→なくなったら死んじゃう→水をゲットしてくる
とつながるのであれば、無理に水が半分もあると考える必要はないわけです。
根強い人気の「引き寄せの法則」等は、とにかく思い描いた悪い事態は現実に引き寄せられる、と戒められるのでしんどいのです。
おそらく引き寄せの法則の神髄は少し違うと思うのですが…
ネガティブの種類
同じクラスにやはりネガティブを公言しているクラスメートがいるのですが、両者を知る人の名言がこちら。
They are different kinds of negative!
確かに、一口にネガティブといっても、いろんな段階や方向のネガティブが、全部ミックスされて議論されている感はあります。
ネガティブパーソンを分類しだしたらキリがないので、ここでは、どの部分がネガティブなのか?という視点で2つに分けてみます。
(1)事実に対する解釈がネガティブ。
これは、事実はひとつ、解釈はふたつ、のコップの水の話そのものです。
(2)ネガティブな事実に着眼する。
コップの水の例に当てはめると、着眼ポイントはコップの水の量以外にもあるはずです。
例えば、すごくおいしい水かもしれない。
量に着眼したらネガティブでも、質に着眼すればネガティブじゃない。
この2つのネガティブとその対策が混同されて議論されている気がするのです。
起こったことは変えられないから考え方を変えましょう、というのと、人のいい面を見るようにしましょう、っていうのとは、同じポジティブシンキングのすすめのように見えて、実は異なるネガティブへの対策だと思うのです。
前者が(1)タイプへの対策、後者が(2)タイプへの対策です。
よく言われているネガティブ対策
(1)の対策:解釈を変える
コップにまだ半分も水がある、と考える訓練をする、というもの。
授業で当てられて間違えた時に、やっぱり自分はダメなんだ、と思うのではなく、
間違えてよかった、これで覚えられる!と考える。
こじつけポジティブ思考と揶揄される時もありますが、性格的にこのような考え方が自然とできる人もいるようで、それは強みであると思います。
なお、認知療法、ないしは論理療法で行われるのは、基本的にはこの解釈を変える介入だとボクは理解しています。
ポイントは、そもそもの認知が非常に不合理で根拠がない場合に、それを通常レベルの認知にもっていくということで、ポジティブに変換するのではない、という点でしょうか。
授業で間違えた時の例でいえば、
やっぱり自分はダメなんだ、こんな自分はもう生きている価値もない…
という非常に不合理な思考に対して
人は誰でも間違えるものだし、間違えても死にはしない
という通常レベルの認知に修正していく、という作業なのかなと。
(2)の対策:視点を変える
コップの水の量ではなく、質に着目できるような視点の持ち方を鍛える。
授業で当てられて間違えた時に、教えてもらった正しい答えに意識を集中させる、とか
間違えた原因に意識を向けて何が足りないかを考える、とかでしょうか。
ちょっとポジティブシンキングのイメージとは違ってきますかね。
実はこちらの方がアプローチしやすいと思ってます。
本などを読んで頭で理解すれば、自分の感情とは別次元で応用が可能だからです。
これとは別に第3の対策:受け入れてしまう
前にも少し述べましたが、そもそもポジティブじゃなくても良しとする、という考え方です。
心地よくない自分のネガティブさを我慢するのではなく、認めてしまうというやり方。
これはもはや感情コントロールの問題になってくるので、厳密にはここでで議論するのには無理がある気もします。
おわりに
こんなくだんねーこと考えてないで、宿題でもやれば?
って自分でも思うけどさ、だって考えちゃうんだもん、うじうじ。
自分、どうしたいんだろうね、確かに、もうポジティブで社交的な人になることは諦めてる気がするな。
来世ではそうなりたいとか、そういうレベルだね(笑)。
ここに書いたことの10倍くらい喋りたいことあるけど、ボクにしてはかなり簡潔に削いでみた(つもり)です。
あくまでボクの勝手な妄想なので、オレはこう思うぜ、とか、ちょっとちげーな、とかあると思います。
突っ込んでください、ボクも考えてみます。
最後に、最初のグラフですけど、ティーチャーがおもしろいコメントをしてました。
クラス全体を見て、careerが低い人が多い、自国で仕事をしてたのが、ここではできないって人が多いのね、って。
みんな、あ~って感じで納得してました。
仕事でアメリカに来てる人は、アダルトスクールに長期で通うことはできないと思うので、ここでは自然とそういう結果になるのでしょう。
永住にしても駐在にしても、自国で仕事をしていた人は、career部分は何らかの犠牲をはらってきているのです。
その経験を、今後どうしていくのか。
いやー、これも結局ポジティブにとらえて取り組めよ!みたいな話になっちゃうわけ??
奥が深いね、というか、こんだけ考えてもなんか納得いかねーな、ネガティブな自分に。
ネガティブが心地よいのかなぁ、認めたくないけど…だって自分嫌いだもん、ぶつぶつ😒
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